終活は、その場の雰囲気だけで行わない。


先日、「終活」関連のイベントに参加しました。

7割くらいが女性のグループでいらしているのが特徴でした。会場にはクラシックの生演奏の演出がされ、全体的に明るい雰囲気を演出しており、「これなら、参加者も、前向きになれる」と感心しました。ただ、その会場にしばらくいると違和感を感じました。

イベントを鼓舞しながら”楽しい終活“のイメージを醸し出していましたが、「そこは、まさしく終活ビジネスの会場」だったからです。「死に纏わるビジネスの出展者側、それを纏める主催者」の連帯感を感じました。

遺品整理業者として、遺族の要請から故人の部屋で作業をしてきた立場から見ると、
亡くなったあとのことを煽るような光景が不自然に見えました。

終活の言葉の定義は、まだまだあいまいです。ただ、誰のためにするものなのかは、
残される人たちのためのものです

残された方たちに負担をかけることがあります。お金・財産などはリスト化して、
今の家をどうしたいのかを伝え、他のことは残された人たちに決めてもらうことが、
結果的に、いい方向になるとよく聞いています。